大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和63年(ワ)2591号 判決 1994年1月31日

原告(反訴被告)

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松多昭三

右訴訟代理人弁護士

梅谷亨

正木きよみ

田中登

右訴訟復代理人弁護士

加藤文郎

被告(反訴原告)

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

樺島正法

主文

一  昭和六二年五月三〇日午前二時五〇分頃、京都市山科区北花山山田町<番地略>において発生した火災に関し、原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する火災保険金の支払義務は存在しないことを確認する。

二  反訴原告(被告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

主文一項同旨

訴訟費用は被告(反訴原告、以下「被告」という。)の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

原告(反訴被告、以下「原告」という。)の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、金一一億七二七〇万円及びこれに対し昭和六二年六月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

被告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  火災保険契約の締結

原告は、被告との間で、原告を保険者、被告を保険契約者かつ被保険者として、以下のとおり保険金合計一二億円の火災保険契約を締結した。

(一) 契約日

昭和六一年五月三一日

契約種目 長期総合保険契約

目的物及び保険金額

(1) 家財 一億二八二五万円

(2) 明記物件 三億七一七五万円

保険期間 昭和六一年五月三一日一六時から昭和七一年五月三一日一六時まで一〇年間

保険料 年払い 四七五万円

(以下「第一契約」という。)

(二) 契約日

昭和六一年一〇月一五日

契約種目 長期総合保険契約

目的物及び保険金額

(1) 建物―別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)

七〇〇〇万円

(2) 家財 三億八八〇〇万円

(3) 明記物件 四二〇〇万円

保険期間 昭和六一年一〇月一五日一六時から昭和七一年一〇月一五日一六時まで一〇年間

保険料 年払い 四七三万六〇〇〇円

(以下「第二契約」という。)

(三) 契約日

昭和六一年一一月一二日

契約種目 住宅総合保険契約

目的物及び保険金額 家財二億円

保険期間 昭和六一年一一月一二日一六時から昭和六二年一一月一二日一六時まで一年間

保険料 一時払い 四〇万円

(以下「第三契約」という。)

2  昭和六二年五月三〇日午前二時五〇分頃、本件建物において不審火とみられる火災が発生し、一階の一部六二平方メートルを焼失し、二階小屋裏二〇平方メートルを焼損するとともに、本件建物内に収容されていた家財等を焼失した(以下「本件火災」という。)。

3  しかしながら、本件各契約には、以下のとおりの無効または取消事由及び被告の保険約款違反があり、原告は、本件火災につき本件各契約に基づく保険責任を負わない。

(一) 公序良俗違反による無効

本件各契約は法形式上、被告の夫である甲野一郎(以下「一郎」という。)が被告の代理人として締結したものであるが、一郎が実質的には保険契約者且つ被保険者であり、以下に述べるように、本件火災の発生やその前後の状況に不審な点があるばかりでなく、一郎と被告には不審な行動が数多く存在するのであって、これらの事実からすると本件各保険契約は、一郎と被告が保険金の不正取得を目的として締結したものであるから、公序良俗に反し無効である。

(1) 被告及び一郎の過去の保険金取得歴及び本件との類似性

一郎は、その前妻乙川(甲野)美子とともに、昭和五三年四月二七日から昭和五三年一一月二一日までの間に五件の盗難保険ないし動産総合保険契約を締結し、同年一二月一三日から一四日にかけて温泉に宿泊中、毛皮、宝石、時計の盗難に遭ったとして合計三五七五万円の保険金の支払を受け、昭和五七年一一月一六日及び昭和五八年三月三〇日には、美子を契約者として火災保険契約を締結し、同年四月九日、これまた温泉に宿泊中に火災に遭ったとして三億一〇〇〇万円の保険金を取得したが、火災現場から目的物件の宝石や時計は発見されず、昭和五七年九月八日には被告を契約者として動産総合保険契約を締結し、昭和五八年七月二六日に盗難に遭ったとして三五〇〇万円の保険金を取得した。

(2) 本件各契約締結の経緯

本件各契約は、勧誘も受けていないのに、一郎が原告の代理店を通じて積極的に申し込みをなし、原告社員らを自宅に呼んで毛皮、宝石、時計等を見せ、高額で過大な価額を告げるなどして次々に締結したものである。

(3) 保険料の支払と貸付

被告は、僅か半年間に本件各契約の保険料として合計九八八万六〇〇〇円を支払いながら、その直後の昭和六二年一月七日には本件各契約を担保に原告から三九万九〇〇〇円の貸付を受けた。

(4) 本件火災直前の物件確認

一郎は、本件火災発生前日の昭和六二年五月二九日、さしたる理由もないのにわざわざ原告社員を自宅に呼び、物件の確認を求めた。

(5) 本件火災原因

本件火災の原因は、被告及び一郎が温泉に旅行中、何者かが本件家屋内に石油をまいて放火したものであり、火災発生直後に本件家屋が全部施錠されていた状況から見て、内部の者による放火である可能性が高い。

(6) 目的物件の価値、不存在、入手経路

本件各契約の目的物件につき、本件火災では焼失を免れた場所に存在したはずの時計や宝石の殆どが実際には発見されず、残存していた物件についても、毛皮の申告価格は六億六四〇〇万円であるのに対し、残存毛皮の鑑定価格は三八〇〇万円以下、美術品は申告価格四〇〇万円の掛軸が時価五万円であるなど、被告及び一郎の提出した損害見積書による申告損害額と実際の価格の差が著しく、また、一郎の主張する毛皮、宝石等の入手経路も全く確認できない。

これらの諸事情を合わせ考えると、本件各契約は、保険金の不正取得を目的として締結された契約と言わざるを得ず、公序良俗に反し無効である。

(二) 錯誤による無効

被告及び一郎の本件各契約の申込みは、右のとおり保険金の不正取得を目的としたものであるのに、原告はこれを知らずにそうでないことを前提にして本件各契約を締結したものであり、原告の受諾の意思表示はその要素に錯誤がある。

(三) 詐欺による取消

被告及び一郎は、本件各契約の締結にあたって、右のとおり保険金の不正取得を目的としていることを秘し、原告にかような目的がないものと誤信させ、原告をして本件各契約を成立させた。

原告は、被告に対し、本件訴状をもって、本件各契約における受諾の意思表示を取り消す旨の意思表示をし、右訴状は昭和六二年一一月三〇日被告に到達した。

(四) 商法六四二条の準用による無効

被告及び一郎は、(一)の諸事情に鑑みれば、本件各契約締結の当時火災事故発生を予期していたものと考えられるところ、商法六四二条は契約当時事故の発生を契約当事者の一方が知っていた場合には契約は無効になると規定して保険契約における事故発生の偶然性を前提としており、未だ事故が発生していない場合でも、保険契約者において事故発生を予期していたときは、同条を準用して保険契約は無効となるものというべきである。

(五) 保険約款違反

本件第一契約及び第二契約の普通保険約款一般条項五章二〇条一項は、保険契約者または被保険者が保険目的に損害が生じた際の提出書類として損害見積書等を定め、六項は、その提出書類につき不実の表示をした際は原告は保険金を支払わない旨規定し、本件第三契約の普通保険約款三章二四条一項、四項にも同旨の規定が存在するところ、前記一(6)のとおり、一郎の提出した損害見積書の損害額は、著しく事実に反するものであるから、右各条項により、原告には保険金の支払義務はない。

4  ところが、被告は、原告に対し、原告が本件火災につき保険責任を負うものと主張して、焼失した本件家屋及び家財、明記物件合計一一億七二七〇万円の保険金の支払を求めている。

5  よって、原告は、被告に対し、本件火災につき保険金支払義務が存在しないことの確認を求めている。

二  本訴請求原因に対する認否

1  請求原因1及び同2の事実は認める。

2  同3の事実及び主張はいずれも否認ないし争う。

原告は、一郎の過去の保険経歴や本件各契約の目的物件の価格と実際の目的物件の価格の差を指摘するが、これらの事情は契約締結の際の調査、査定により容易に把握できるのに、原告は契約締結を望むためにこれら調査や査定を怠って本件各契約を締結したものであって、かかる原告が公序良俗違反を主張することは許されないものというべきである。

3  同4の事実は認める。

三  反訴請求原因

1  原告は、損害保険を業とする株式会社である。

2  本訴請求原因1及び同2に記載のとおり。

3  本件家屋及び家財、明記物件の焼失時の価格は、一一億七二七〇万円である。

4  被告は、原告に対し、昭和六二年六月五日、右保険金一一億七二七〇万円を支払うよう請求した。

5  よって、被告は、原告に対し、保険金一一億七二七〇万円及びこれに対する請求の日の翌日である昭和六二年六月六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1及び同2の各事実は認める。

2  同3の事実は否認する。

3  同4の事実は認める。

五  反訴請求原因に対する抗弁

本訴請求原因3に記載のとおり。

六  右抗弁に対する認否

いずれも否認ないし争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一まず、本訴請求につき検討するのに、本訴請求原因1、2及び4の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本訴請求原因3につき検討する。

1  被告及び一郎の過去の保険金取得歴及び本件との類似性

<書証番号略>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  一郎の前妻であった乙川(甲野)美子は、昭和五三年四月二七日、原告との間で、同人所有の宝石につき保険金額五〇〇万円の盗難保険を締結したほか、同年五月一九日、AIU保険株式会社との間でも右宝石に加えて同人所有の毛皮コート及び時計等につき保険金額一〇〇〇万円の動産総合保険契約を締結し、他方、一郎も、同一の宝石、時計等につき、同年一一月一四日に大正海上火災保険株式会社との間で保険金額五〇〇万円、同月一五日に千代田火災海上保険株式会社との間で保険金額五〇〇万円、同月二一日に安田火災海上保険株式会社との間で保険金額五七五万円の盗難保険契約をそれぞれ締結し、美子は、温泉に宿泊中の昭和五三年一二月一三日から同月一四日にかけて、京都市右京区常磐出口町<番地略>の自宅において前記物品が盗まれたとして右各社から合計三〇七五万円の保険金の支払いを受けた。

(二)  美子は、昭和五七年一一月一六日及び昭和五八年三月三〇日、興亜火災海上保険株式会社との間で、一郎経営の喫茶店の建物、家財一式、営業用什器備品道具一式、預かり商品等につき店舗総合保険契約に加入したが、同年四月九日、温泉に宿泊中、右喫茶店がガス爆発により全焼した。右の火災原因は、湯沸器のコックが開けられて流出したガスが爆発したもので、何者がコックを開けたのかは不明であったが、一郎の知人が爆発の際入室していて負傷している。焼失後の残存物の調査の結果、洋服地の燃えかすは発見できたが、保険の対象であった結城紬、宝石及び時計は未発見に終わるなど不審な点は残ったものの、興亜火災海上保険株式会社から三億一〇〇〇万円の保険金が支払われた。

(三)  被告は、昭和五七年九月八日、興亜火災海上保険株式会社との間で盗難保険金契約を締結し、昭和五八年七月二六日、高速道路のインタエリア内駐車場に自動車を駐車して食事中、車の鍵を開けられ、ダッシュボードの鍵もこじ開けられて、車内を荒らされ、ダッシュボードに入れていたダイヤモンド七点合計三五〇〇万円相当を盗難されたとして、昭和五八年九月二二日、同保険会社から三五〇〇万円の保険金の支払いを受けた。

(四)  一郎は、これらの保険契約及びその保険金請求にあたって、自ら保険契約者となっていた場合もあるが、被告の代理人としても各保険会社と交渉した。

2  本件各契約締結の経緯

<書証番号略>、証人佐藤健二、同平尾猛、同小野島正人、同武山明義、同甲野一郎の各証言(一部)並びに弁論の全趣旨によると以下の事実を認めることができ、この認定に反する証人甲野一郎の証言のうち右認定に副わない部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  一郎は、有限会社リカルドショップ代表取締役として外車の販売をしているなどという触れ込みで、原告の保険代理店である吉田興産株式会社の関連会社である吉田石油株式会社嵯峨給油所にガソリンの給油に来る客であった。

一郎は、昭和五九年頃、給油の際、吉田石油の社員平尾猛に対し、火災保険を取り扱っているかを自ら尋ねて住宅総合保険を申込み、その契約締結にあたっては、被告及び一郎から申し出て、同年三月頃、その当時被告夫妻が居住していた嵐山のマンションに原告京都支店伏見支社の社員大久保寿繁と平尾猛を呼び、家財を確認させた。平尾は火災保険についての知識はなく、日頃火災保険契約の業務に携わっていた大久保ですら、このような物件調査の経験は初めてのことであった。大久保らは、被告宅で、毛皮や宝石、時計、背広等を見せられ、被告夫妻のほか、居合わせた宝石商風の人物から時計と宝石の値段を告げられた。実際には、右人物は宝石商ではなく、自称毛皮商である一郎の友人武山明義であった。原告は、同年三月九日、一郎の申告に従って、被告との間で、保険金額をマンション建物四〇〇〇万円、家財一億四〇〇〇万円(毛皮を含む。)、明記物件として宝石、時計など六〇〇〇万円として、保険期間を一年間とする住宅総合保険契約を締結し、同契約は昭和六〇年、六一年にも更新された。

(二)  その後、一郎は、平尾に対し、掛捨型の右契約を娘の将来のために積立型の保険契約にすること、家財が増えたので五億円程度の積み増しをすることを申し出、平尾はこれを原告代理店吉田興産に取り次いだ。保険料や保険金額は、原告京都支店伏見支社の社員である佐藤健二及び吉田興産社員の三谷雄次が一郎と交渉し、その結果、同年五月三一日、本件第一契約が締結されるに至ったが、保険証書は、満期返戻金に対する課税に対処するため、保険金額を一〇〇〇万円とする証書五〇枚に分けられた。

右第一契約締結にあたっても、一郎の申し出に応じて昭和六一年五月中頃、佐藤、三谷及び平尾が被告宅へ出向いたが、その時も被告宅には、一郎の他に宝石商のような人物がおり、宝石類を一点一点ルーペで見たり、懐中電灯で照らしたりしながら、一郎とともに価格を佐藤らに告げ、鑑別書九通を示した。また、毛皮に関しては、原皮の三頭分を荒縄で縛ったような毛皮を見せ、レオパードで一頭あたり二〇〇〇万円から二五〇〇万円するなどと告げ、書画、骨董品に関しては、カタログや美術年鑑を見せて値段を示した。佐藤や三谷は、鑑別書をコピーするために借り受け、その他の毛皮や骨董品については、言われた金額をメモして帰った。こうした一郎の説明について、佐藤は、一郎が従来から吉田興産の客で住宅総合保険等に加入していたこともあって、金額の大きさに特に疑問を持つこともなかった。一般家財の保険金額は、家財の合計額が五億円であるとの一郎の申し出に従い、五億円から明記物件の申告総額三億七一七五万円を差し引いて一億二八二五万円と決定された。

(三)  被告及び一郎は、昭和六一年九月二六日、本件建物に転居して吉田石油、吉田興産を通じて原告に通知したが、一郎は、それと同時に転居に伴って家が広くなり、家具を購入して家財道具が増えたとして、さらに五億円の保険金額の積み増しを希望した。この際は、同年一〇月一日頃、吉田興産の社員である小野島正人、佐藤及び平尾が本件建物を訪ねたが、一郎はおらず、武山がいて物件の説明をした。武山は毛皮を中心に見せ、毛皮の種類はリンクスやロシアンセーブルの他、中には一部捕獲禁止になった毛皮もあり、高い物は一点数千万円するが平均して一〇〇〇万円程度するものであると説明し、一〇〇点余りの毛皮を並べて示した。小野島らは、一郎が後に明記物件の価額を連絡するということもあって、これらの数量、品目をメモすることはなく、家具や調度品の納品書も預かったが、品物と納品書の突き合わせもしなかった。後日、一郎は、明記物件の価額を合計四二〇〇万円と申告したので、結局、原告では、保険金額は、建物につき建築面積と一平方メートルあたりの単価により大体七〇〇〇万円と、明記物件の額は連絡のとおりに四二〇〇万円とそれぞれ評価し、積み増し希望額の五億円から建物額と明記物件を差し引いた額である三億八八〇〇万円を家財額として決定した。

(四)  右第二契約直後の同年一〇月下旬ないし一一月初旬頃、一郎は、物件の総額が一五億円あり、まだ保険金額が不足であるからさらに保険金額の増加をして欲しいと吉田石油、吉田興産を通じて原告に連絡した。原告は保険金額が既に一〇億円となっていたため、積み増しを一旦は断ったが、一郎が再検討を希望したので、交渉の結果、総額申出額一五億円の八割である一二億円とすることとして、保険金額二億円の本件第三契約が締結された。

なお、その後本件建物は、昭和六一年一二月二七日、譲渡担保を原因として所有権移転の仮登記がなされ、同六二年一月一二日、丸山清文に所有権移転本登記が経由されている。

(五)  以上のとおり、本件各契約は、一郎が、原告ないしその代理店に対して積極的に締結を申し出たものであり、原告側からの勧誘等は存在しなかった。

3  本件各契約を担保として受けた貸付

<書証番号略>並びに証人甲野一郎の証言によれば、被告は、昭和六一年五月から一一月までに本件各契約の保険料として合計九八八万六〇〇〇円を原告に支払ったが、同年一二月一日に一郎が恐喝未遂事件で逮捕勾留されるや、翌六二年一月七日には、本件各保険証書を担保として、生活費とするために合計三九万九〇〇〇円を原告から借り受けた事実が認められる。

4  本件火災及びその前後の状況

<書証番号略>、証人小野島正人、同佐藤健二、同津川博章、同平尾猛、同甲野一郎の各証言(証人甲野一郎については措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、証人甲野一郎の証言のうち右認定に副わない部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件火災の直前、一郎から平尾に対し、保険の目的物を処分したいので、処分物件の確認と二年度目の保険料支払いの打合せを兼ねて来て欲しいという連絡があり、一郎の都合に合わせて、昭和六二年五月二九日、小野島、佐藤及び平尾が本件建物を訪ねたところ、一郎は、毛皮と宝石をいくつか処分するという話をした後、小野島らを二階寝室に案内して宝石の説明をしようとしたが、小野島らは、宝石の価値に関してはよくわからなかったため説明を断り、既にコピーして持ち帰っていた鑑別書九通(<書証番号略>)に基づきどれを処分するのかを確定して欲しいと申し出て宝石は見ず、処分予定という宝石の鑑別書六通(<書証番号略>)に○印を付けて持ち帰った。毛皮については、一郎は、リンクス三点中二点、セーブル一六点を処分すると説明し、リンクスは七〇〇〇万円から八〇〇〇万円位の価格、セーブルは一枚当たり二〇〇〇万円位の価格であると述べ、佐藤が目的物件を処分した場合保険金額が減ることを説明すると、一郎は、処分予定の物件が高額商品なので何時処分できるかわからないうえ、娘の嫁入り資金のために積立型の保険にしていることから、目的物件を処分しても保険金額は減額しないで欲しいなどと述べた。

(二)  本件火災発見時の状況は、昭和六二年五月三〇日午前二時三〇分頃、本件家屋西側の住人が帰宅した際には被告宅には変化がなかったが、午前二時五〇分頃、就寝中の隣人がパチパチという音と犬の吠える音に目を覚まし、本件建物の庇から煙が出ているのを見て本件火災に気がつき、消防署や近所に知らせ、近所の者らは、本件建物の一階西側の窓から火の手が上がっているのを見た。

消防署の把握した火災原因は、その調査書(<書証番号略>)によれば、燃焼状況や焼け跡の状態から見て、午前二時五〇分頃、何者かが白灯油と思われる引火性油類を本件建物内五か所にまき、一階居間北側中央床面にライター等で放火したことが火災原因と見られるが、現場到着時に一階全ての開口部が施錠されていることから、外部から進入した者が放火したとは考えにくく、内部の者による放火と考えられた。

(三)  本件火災の前後には以下のような事実があった。

第一に、被告宅では、一郎の家の者が、本件火災の一週間程前頃から、毎日一トントラックや乗用車でダンボール箱や家具を運び出しており、隣人は被告宅で引っ越しでもするのかと思っていた。

第二に、本件火災当時、一郎は、被告や家族とともに、城崎温泉に旅行中であったが、昭和六二年五月三〇日午後一時頃に警察から火災発生の連絡を受けたにもかかわらず、旅行中であるから帰れない。保険に入っているから大丈夫だ、折角だからもう一泊して帰るなどと述べた。

第三に、この火事騒ぎの中、消防車到着前に被告宅に出入りしていた一郎の友人である古家優が隣家を訪れ、「お宅の家は大丈夫ですか」と言っていたが、消火後にしばらくしてから火災現場に現れ、「祇園で飲んでいたが、女房のポケットベルで呼ばれてびっくりした。火事のことは全然知らず、大変迷惑をかけてすんまへんでした。」と述べるなど全く不可解な行動を取った。

第四に、本件保険の対象としていた宝石は二階寝室のベット脇の整理箱の上に乱雑に保管され、火災前日に前記のとおり佐藤らに説明をしようとした際、一郎は宝石ケースを絨毯の上に置いたままにして一階に下りたが、火災後の現場写真(<書証番号略>)によると、二階寝室絨毯の上に宝石箱が置かれていた後が残っており、一郎らは、宝石箱をしまわないままで旅行に出かけてしまったことになる。

5  目的物件の不存在

<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

すなわち、本件火災発生後、原告は、昭和六二年六月二日に火災事故発生の知らせを受け、翌三日に、原告京都支社損害二課の萩原順二と火災鑑定人である木下敬次は、火災現場に行って現場を確認した後、同月四日に一郎に連絡をとり、焼け残った物を引き取り処分することの了解を得て、翌五日に火災現場から毛皮、洋服、和服等を運び出した。一郎が宝石や時計を置いていたという本件建物内二階寝室は焼失を免れ、そこで発見された貴金属類は既に警察が保管しており、同月九日、原告が一郎の同意を得て警察から引き取り保管したが、その宝石は点数にして六五点あったものの、一郎が原告社員らに見せた鑑別書に対応した宝石は一点(<書証番号略>)を除き含まれておらず、時計も一点に過ぎなかった。火災現場に残された毛皮は八〇点あったが、鑑定の結果、一郎が火災前に主張していたようなリンクスやロシアンセーブルといった高額の毛皮商品は残存物の中に含まれていなかった。ところが、被告及び一郎は、火災の前に、真珠指輪及び時計四点等合計二七三〇万円相当の物件は身に付けて持ち出しており、これらの物件は後日、一郎の借入金の返済のため代物弁済として古家に引き渡したと主張するに至った。

6  本件火災による損害

消防士長作成の<書証番号略>の報告書によれば、本件建物は一階六二平方メートル、二階小屋裏二〇平方メートル、天井58.6平方メートルの焼損で、焼き損害額は合計八五〇万六〇〇〇円、消火損害額は一万五〇〇〇円と推計され、その他収容物として、毛皮一二〇枚損害額四八〇〇万円、着物四〇枚損害額四〇万円、背広二七着、商品としての背広五五着損害額二七五万円、商品としての洋服一一〇着損害額三三〇万円など収容物の合計損害推定額は五七〇〇万六〇〇〇円とされており、後日一郎が保険金請求にあたり作成し原告に提出した被告作成名義の罹災申告書(<書証番号略>)は消防関係者が現認していない家財が多数含まれていて信憑性が低いとの記載がある。

他方、被告作成名義の右羅災申告書は、損害の見積として、毛皮につき、ロシアンリンクスの原皮三枚二億一〇〇〇万円、カナディアンリンクスロングコート一着一五〇〇万円、ロシアンセーブルロングコート一五着合計一億五〇〇〇万円、チンチラ一五着合計一億五〇〇〇万円など合計一四一点総額六億六四〇〇万円相当、宝石類につき、価額五五〇〇万円を筆頭に一〇〇〇万円以上のもの九点を含めた指輪一八点のほか、ペンダントや時計一五点合計総額三億六五五五万円相当、書画骨董に関しては、岩上虎(玉鳳)購入額一二六〇万円、壺(琵琶武者)二〇〇万円、象牙茄子及び象牙柿の置物各一九八万円などとなっており、損害の合計は一一億九六六一万五〇〇〇円と記載されている。

ところが、本件各鑑定の結果によると、以下の事実が認められる。すなわち、本件火災によって残存した物件の価値は、毛皮に関しては、火災前の価値として全八〇点総額一三〇〇万一〇〇〇円であり、昭和六一年以前の商品で昭和六二年頃には流行遅れのものであり、高額の物でも、三、四〇万円のものが数点ある程度であったほか、中には、ネームが入って中古品と思われるものが存在し、宝石に関しては、高額のものとしては、ルビーの指輪一五〇万円、ダイヤ一五個入り帯留一三〇万円の物があるほかは一〇万円以上のものが一五点で、六五点の総額でも七一一万一三〇〇円に過ぎず、書画骨董に関しては、書画九点の価格が卸売価格で合計三四万円、小売価格合計四四万五〇〇〇円、壺や置物等五点が卸売価格合計三一万円、小売価格合計四二万円であり、うち被告が申告した岩上虎(玉鳳)は卸売価格一〇万円、小売価格一二万円、壺(琵琶武者)は卸売価格一〇万円、小売価格一五万円、象牙茄子及び象牙柿の置物は各卸売価格八万円、小売価格一〇万円に過ぎず、被告の申告によれば四〇〇万円の価格であった木田作の富士の横幅は卸売価格五万円、小売価格七万円に過ぎず、どの物件にあっても、現実の価額は被告及び一郎の申告損害額に比して遥かに低額であった。なお、呉服に関しては、昭和六二年五月当時小売価格四三万九〇〇〇円で、現在では小売価格三九万八〇〇〇円、購入時価格合計一四四万九六一二円であった。

7  目的物件の入手経路

(一)  一郎は、目的物件の入手経路につき、洋服は、村井洋服店から、家具調度類は岸本家具から、美術品の一部は西村信雄から、宝石は香港在住のクーからそれぞれ購入し、毛皮は同じクーから五億円の借金の代物弁済として受け取ったと供述するが(<書証番号略>)によれば、香港に照会の結果、一郎主張の住所にはクーなる人物の居住の事実は認められなかった。また、被告がクーへの融資金の証拠として提出した金額五億円の連帯借用証書(<書証番号略>)は、クーなる者の印影すらなく、利息損害金の定めもなく、宛先も「甲野」とするのみで住所の記載すらないなど、五億円に及ぶ貸金の証書としては余りに杜撰なものである。さらに、一郎は、その証人尋問において、これだけの大金を貸し付けた相手についてその動向に注意していた様子もなく、かえって、クーは昭和六一年三月ころ死亡したとする一方、同年五月の本件契約の物件確認に立ち会ったとも述べるなど、極めて信憑性の乏しい供述に終始している。

(二)  家具に関しては、一郎は、岸本家具から購入したとして物品購入兼領収証明書や見積書(<書証番号略>)を提出しているが、既に倒産した会社であるとも述べてその裏付けはとれず、また、これら書面の記載内容自体、前記の壺(琵琶武者)や象牙茄子及び象牙柿の置物の金額は、前記鑑定に反し、被告の罹災申告書の価額に合致しているなど信憑性に乏しいものとなっている。

(三)  このように、被告が本件各契約の目的物件と主張する高額の物品の入手経路は何ら確認できていないし、総額一二億円近くに及ぶ物品の入手資金についても何ら裏付けとなる資料は存在しない。

8  本件火災後の保険金請求の経過

<書証番号略>、証人津川博章、同甲野一郎及び同平尾猛の各証言(甲野一郎については措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができ、証人甲野一郎の証言のうち右認定に副わない部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、昭和六二年六月二日、武山が原告京都支店に本件火災の発生を知らせてきたため、同月四日、津川、萩原、小野島、平尾らは、被告らが当時身を寄せていた古家宅に一郎を訪問したところ、一郎は本件各契約が価額協定であったと主張し、免責約款を読み上げさせて今回の保険事故に免責事由がないことの確認を求め、同月八日には、一郎は、原告京都支店に保険金の請求書を提出し、翌九日には、「現在高並びに損害見積額明細書(A)」(<書証番号略>)、「家財の現在高並びに損害見積額明細書(C)」(<書証番号略>)を同支店に提出した。同月一二日、一郎が原告京都支店を訪れたので津川が明記物件の貴金属のうち一点を除いて他は該当するものが存在しなかった旨を告げると、一郎は、本件火災の前日に原告社員らが物件を確認したことを主張した。また、同日、津川から本件建物が譲渡担保に入っていたことの通知がなかったことを告げられるや、一郎は、翌一三日、吉田石油嵯峨給油所に平尾を訪ね、譲渡担保の通知を同人にしたことの確認を求め、その後も、一郎は、再三本件各契約が価額協定になっていることの確認や本件各契約の事実経過の確認を平尾や吉田興産社員らに求め、七月二日には、原告社員や平尾に対し、事実経過の確認書の作成を求めて吉田石油の給油所を訪れ、四時間にわたって交渉をし、確認書を作成しなければ居すわる気配を見せて確認書(<書証番号略>)を平尾らに作成された。

原告は、火災現場から引き上げた物件の額が著しく低く、一郎らの過去の保険金取得歴から見て、今回の保険事故が保険金不正取得目的である可能性を有すると判断し事故調査を始めたため、本件各契約に基づく保険金の支払いはなされず、一郎は、本件火災後、度々、原告京都支店を訪れて保険金の支払いを求めていたが、昭和六二年八月三一日、保険会社の監督官庁である大蔵省に出向くなどの行動をとり、同年九月、原告としては、本件火災事故を巡り、保険金詐欺の可能性があり、契約の有効性や損害額に疑いがあることから、被告に保険金を支払わないことを決定し、その旨を一郎に告げた。

昭和六三年二月一九日、被告は税金が払えずに本件保険金請求権の差押えを受け、同月二六日、被告は、保険金の一部仮払いを求める仮処分を京都地方裁判所に申立て、同年七月一日に右保全処分の却下決定がなされ、被告は上訴したが、抗告審、再抗告審でそれぞれ棄却、却下された。この保全処分の審理中、被告は起立性低血圧で、一郎は疎旧性肺結核症、慢性肝炎で就業ができず、生活費に困窮し、他に資産がないことを理由として昭和六三年四月四日から生活保護の支給を受けるようになった。

三そこで、右一連の認定事実を踏まえて本件各契約の効力について検討するのに、被告及び一郎には、本件に類似したものも含め、数回の火災盗難保険の締結と事故の発生歴があり、いずれも事故原因に疑問がありながら結局四億円に近い保険金を手中にしていること、本件各契約は、原告ないしその代理店からは何の勧誘もないのに、一郎から積極的に申し出て短期間に三回にわたって締結したものであること、被告は、六か月間に本件各保険料として約一〇〇〇万円近くの保険料を支払いながら、その僅か三か月後には生活費に困って約四〇万円を借り受けており、保険料支払い能力に疑問が存在したこと、一郎は本件火災の前日、必要もないのに原告社員らに殊更に本件物件の確認を求めていること、本件火災は、火災時における家屋の状況によれば、内部の者による放火が原因と推測されること、本件火災は全焼ではなく、一階の一部を焼失し、二階の一部を焼損したに過ぎず、保険の目的物件であった高額な家財の多くが残存して然るべきであるのに、残存物には被告主張のように高額の毛皮、宝石類、書画骨董は一点もなく、これらの入手経路や入手資金に関しても全くその裏付けがないこと、残存物はいずれも損害報告に比して極めてその価格は低く、そもそも高価な家財が存在したこと自体が極めて疑わしいこと、その他火災発生前後や保険金請求過程での一郎や関係者の不審な行動などを総合考慮すると、被告及び一郎は、物件の価額をことさら高額に申告することで保険金を得て実際の真実の被害額以上の保険金を取得しようとし、本件各契約を保険金の不正取得を目的として締結したものであることを優に推認できる。そして、保険会社がかかる目的で締結された本件各契約の支払いに応じることは、保険制度の悪用を許し、いたずらに保険事故によって利益を得ようという射倖心を助長することになるものであって、本件各契約は、公序良俗に反し無効であるというべきである。

なお、被告は、被告らの過去の保険経歴の調査や物件の価値の査定に関し、本件契約時の原告の態度を指摘して公序良俗違反の主張が許されないかのように主張するが、保険金不正取得目的をもって契約を締結した被告にかかる主張を許す理由は何ら存在しない。

四反訴請求について検討するのに、反訴請求原因1、2及び4の事実は当事者間に争いがないが、同3の事実については以上の認定に照らして本件火災による損害額が一一億七二七〇万円であると認めるには足りず、かえって、反訴抗弁は理由のあることが明らかである。

五よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は正当であるから認容し、被告の反訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官大野勝則 裁判官惣脇美奈子)

別紙物件目録

京都市山科区花山山田町一九番地三

家屋番号 一九番三

木造ルーフィング葺地下一階付

二階建

居宅事務所車庫

床面積

一階 115.32平方メートル

二階 81.15平方メートル

地下一階 38.43平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例